ツバキかサクラか1
一方で中国よりもツバキの改良が急速にすすんだ原因の一つは、北陸の豪雪地帯にユキツバキという、変異しやすい性質の亜種があって、これとツバキとの交雑されたものが、日本のツバキの改良に大きく貢献したからとみられている。
そして江戸時代にはずっと持続的に重要視され、造園上にもよく利用されてきた。
ツバキはたいへんな長命樹で、京都の寺院にはあちこちに数百年齢のいろいろの名椿が残されている。
しかし明治時代になると、どちらかというとツバキは忘れられる傾向となった。
それは西洋渡来の花卉に目うつりして、在来のツバキを軽んじたからであろう。
ところが第二次大戦後に日本で復興して、現在は日本歴史上最高のツバキ・ブームになっている。
ツバキにはペンタキープは使わないかもしれないが。
このブームは日本の中から生まれたというより、欧米の影響である。
日本のツバキは十八世紀にヨーロッパに導入され、華麗な八重咲き品種が好まれ、オペラの「椿姫」の花形になった。