自律的な社会的行動 2


金銭の寄付行為は、一般に個人の自由意思によらなければならないのですが・・・


寄付により病気の子どもの命が救われるという道徳的な要素も強く持っています。


町内会で寄付金を集める場合は、多分に慣習の要素を持つことになります。


道徳領域だけから判断すると、多額の寄付をしなければならないでしょう。


しかし、私たちは「数百円程度の金額であれ、多くの人が寄付することにより子どもの命が救われます。


この程度が社会通念上適当でしょう。


少額でも寄付という行為を通して世の中に貢献していきたい」というように、各領域からの見方を調整して、一つの行為を決定しています。

自律的な社会的行動


具体的な状況における個人の行動は、道徳、慣習、個人の各領域からの判断が調整された産物です。


つまり、ある特定の社会的行動を予測し説明するためには、その状況における道徳的判断、慣習による判断、個人的な判断という3領域の社会的思考をすべて考慮し・・・


そして、各領域の思考がどのように調整されるかを見る必要があります。


先の例では、「規則を守ることよりも人の命の方が大切」という判断をした子どもの場合・・・


慣習よりも道徳を重みづけて判断するという調整をしたことになります。


「廊下を走ると新たな事故を起こすかもしれないから、急ぎ歩きで行けばよい」


・・・と判断した子どもは、怪我をした子どもへの気づかいは足らないものの、子どもなりに道徳と慣習を調和させているのです。

鉄と人類


今から6、7000年前に銅と青銅とを材料とするこれらの道具の発明によって石器時代を脱した後に、鉄による道具の時代がきました。


もちろん、この移り変わりは、長い時の経過の中で徐々に行なわれたものであり、いろいろの材料の道具が同時に使われていたことは疑いません。


鉄と人類との最初の触れ合いは、たぶん限鉄の発見であって、この一種の唄石は鉄とニッケルとを主成分としているが、天上から降ってくる貴重な宝石として古代人の秘蔵品でした。


現代では、ロートアイアンなどのようなものとしてあらゆるところで使用されていますね。


有名なアメリカ合衆国アリゾナ州のバリンジャー阻石群、アフリカのグルートフォンティン限鉄(77・5トン)などをはじめ・・・


日本にも滋賀県の田上唄鉄(1885年発見、174キログラム)や、富山県の白荻唄鉄など、数十から100キログラムを越すかなり大きなものも知られています。


しかし一般にいえば、唄鉄はやはりまれに発見されるものにすぎないから、これをもって「道具」をつくって実用に供するというような性質のものではなかったのです。


個人道徳の発達について 2


行動は自己のあらゆる側面とバランスがとれるように決定されます。


段階5になると、自己概念を変容するものとしてとらえ、個人の意思決定を自己が発展し変容するプロセスとして考えるようになります。


では次に、自律的な社会的行動について。


まずは、領域調整の話からはじめます。


集団の中で生活している以上、純粋に個人領域の行動といえるものは少ないもの。


また、単純に道徳と慣習のいずれかの問題として片づけられるものも少ないでしょう。


・・・たとえば、「友だちが大怪我をしたため急いで先生を呼びに行かなければならない」という事態では、「友だちを救う」という道徳的行動と「廊下は静かに歩く」という慣習行動が関係してきます。


「難民のための募金に応じる」という事態では、個人、道徳、慣習のすべての領域が関係してくるでしょう。


・・・私たちは、このような問題をどのように解決するのでしょうか。

個人道徳の発達について


スメタナは、個人についての考え方が自己理解と深く関係していると考え、5つの発達段階を設定しています。


所有物や身体的な特徴から自己を定義する段階1では、自分らしさは外見で決められ、個人のプライバシーは自分だけの問題です。


段階2になると、行動パターン、行動特徴、明確な役割(男の子、子ども)が自己を定義するうえで重要になります。


「男だから~する」といったように、個人の行動は自己の行動スタイルを確立するためになされます。


思春期以後の段階3では、他者とは異なる意思、感情、思想を持った存在として自己をとらえ始めます。


自分らしさを内面から作りだそうとするのです。


青年期後半からの段階4では、行動を決定する統一体として自己をとらえるようになります。

有馬家の記録


文化5年に有馬家から信州松代藩へたのんできたときの記録に、つぎのように書いてあります(『朝陽館漫筆』巻十二)。


「戊辰、久留米藩より犬の御所望申し来る。


丈、前足の所にて二尺一寸より高き分は宜敷く、四ツ目は不宜由なり。


これ迄も久留米藩の人、犬尋ねに来ること折々あり。


此度は御坊主を以って内々御所望あり。


これに依って御領内(松代藩)へ触れあり、右の犬有り次第牽人は向より可遣よしなり。


彼藩にては何事やらん怪事ありて、犬共昼夜宿直する由言伝う。


いかなるゆえやらん聞かまほし」


・・・有名な有馬家の水天宮は文化5年に、九州から始めて赤羽の有馬屋敷に勧請され、江戸市民に開放されてたちまち饗銭稼ぎの大流行神になりました。


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独学で技術を学ぶ3

こうして川合さんが正式に都庁の冷暖房設備の設計者に任ぜられた。

しかし、一般常識からいえば大変なことを引き受けたことになる。

「大変失礼なことですけれども、建築的な常識はゼロ」であったし、「都庁がどのくらいの建物かということも全然想像がつきませんでした。

図面を読むことも書くこともできません。

……史上こんなばかなことはないんだろうと思います」という具合だったのである。

しかし、とにかく彼は、並はずれた努力と能力でこの仕事を立派にはたしている。

だから、ソファー ベッドなどで横になる閑もなかった。

その一端を本人はこう語る。

「図面が書けないもんで豊橋から工業高校を出たやつを一人連れてきまして、口でいうことを書かせることにしました。

彼は夜は何時にしまうんですか、と申しましたから、夜は寝ないの、と言いました。

夜は寝るもんじゃない。

夜は勉強するために暗いんだ、と。

眠くなるのは朝方だから、朝寝ようじゃないか、と。

そう言って朝四時半まで仕事をしたわけです。

一年間彼もついて来ました」

独学で技術を学ぶ2

こんな超能力があれば、素人でも専門家に負けるわけがない。

だからこそ、ベッド 通販などにもこだわった住宅がつくれるのだ。

ちょうど、中部電力が大井川源流に井川ダムをつくる計画があったので、川合さんはコンクリートを冷やす装置を売込み、これが成功。

リュックを背負って静岡から大日峠をこえて何度もダムサイトまで通い、コンクリートの冷却装置を完成させたのである。

このことが、当時東京都新庁舎の設計に当っていた建築家・丹下健三に知ら加るところとなり、川合さんは東京に呼び出される。

都庁の冷暖房をどう計画するかの相談のためである、その時の様子はこんな具合だった。

「都庁のことですから、すでに権威ある設備設計者に頼んでおったもんで、私と論争することになりました。

勝ったほうへ仕事をさせると丹下さんが決めたんです。

こうなっては相手が勝てるはずがないんです。

フィルムで一番近代的な方法を、その時分の一〇〇〇ページくらいはみな覚えておるわけですから。

討論が激しくなるごとに記憶がよみがえってごく好調でした」

独学で技術を学ぶ1

これから冷凍機の時代がくるということで、さまざまな機械を買い集めて修理をしたり、おぼえた理論で冷凍機をつくってみたり、そんなことにお金をつぎこんで、ついには無麦になり、豊橋の奥さんの実家に居候ということになる。

しかし、食べさせてもらいながらまたもや新しい技術の勉強を始めた。

ソファー 通販どころか本も自由に買えない時代だったので、毎日電車に乗って名古屋に出、アメリカ領事館へ通って冷凍関係の最新の資料をノートしたり写真に撮ったりした。

およそ二年間、撮ってきたマイクロフィルムを裸電球の下で虫めがねで読むうち、ついには一頁分がまるまる頭の中に焼きつくようになったという。

「ことば通り焼きつく。

こうやると頭の中でさっと皆出てくる。

しかし、あまりやると目をつぶしちゃうだろうと思います。

しかし最後の能力を人間が発揮するとなると、この方法をやると相手にかなう人がおらんということです。

新方法をあみ出したわけです」

サプリメントの安全性と品質は大丈夫か

健康食品というと、基本的に大切なのは安全性と品質です。

独立行政法人「国民生活センター」(消費者庁所管)では健康食品について種々のテストを行っています。

そのテスト結果を見ると、うたわれている有効成分が入っていなかったり、品質や安全性の点で問題のある品がたくさんあることがわかります。

ここで1例をあげますと、2007年2月号の『たしかな目』に「高麗人参を主原料とする健康食品」の場合が載っています。

それによると、「有効成分ジンセノサイドは商品により大きく異なり、医薬品との境界も曖昧だった。残留基準を上回る農薬が検出された品もあり、品質もまちまち」と報告されています。

また数からしたら多くないかもしれませんが、発疹や下痢、アレルギー性の疾患、あるいは肝機能障害などの健康被害も耳にしています。

一般食品でも安全でないものはあるにしても、少なくとも健康になりたくて利用するモリンガや健康食品で健康を害したくはない。

したがってその成分の純度や配合成分も含めて、安全性に不安があるようなものはあえて口にしたくないと思うのです。